読み書きだけでなく聴く話す力を測定するために民間試験を使うという試みが直前で頓挫しました。
世の中はこの件についてどう思っているでしょうか。
英語を使いこなせるにこしたことはないのは誰もが同意するでしょう。
今回はあまりに制度設計が良くありませんでした。
正直に申し上げれば私は地方と都市で不公平だという点にはあまり気付かず、幾つもの試験を公平な尺度で測れるのかなという点にばかり気がいっていました。
私は超が付くほど、ドが付くほど田舎の出身です。
地方と都市の差を身にしみて感じていたのに今回の試験の件ではその点に気が回らなかったことに何都会人ぶってんだよと自分に腹が立った次第です。
地方でもそれなりの市に住んでいればまだいいです。
そうでないところに住んだら勉強が得意な人でも勉強する環境にありません。
私は塾など行ったことがないのですが、もしも田舎の子が塾など行くとなれば時間もお金も親の負担は大変なものです。
そりゃ都会とか田舎とか関係なく勉強しないほうが悪いんじゃないのと言われるかもしれませんがそうかもしれません。
今や東大はお金持ちじゃなければ入れないと言われていますが、私が言いたいのは、東大じゃなくても都会で私立や予備校に通って早稲田や慶應に入る子よりも田舎の公立でそこそこ勉強して早稲田や慶応に入る子の方が潜在能力は高いはずだということです。
今回の民間試験の件では地方生徒に不利な条件を強いていますが、地方生徒特に山間部の生徒たちや家が貧しく手伝いをしながら一生懸命学校に通っている生徒には逆に加点をしてやるぐらいの政策を打ってほしいものです。
それじゃあ不公平じゃないかと都会の生徒、いや生徒の親は言うかもしれませんが都会に住んでるという優位性を認識して、それでも我慢できなければ田舎の学校に転校すれば良い。
結局私はせっかく育ててくれた田舎には戻らず都会で生活し都会に税金を払っているわけです。
一番お金がかかる子供時代は田舎が負担してくれたのに。
それはお前の問題だろと言われるかもしれません。
その通りです。
でも田舎が輝くような日本になれば違った価値観のもとで現在の混沌とした時代を乗り越えることができるんじゃないでしょうか。
至誠