経営者余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

2019年10月

さて、批判承知で言いたいことを言います。
世の中の人々は車メーカーはすごいと思っています。
具体的に何がすごいんでしょうか。
規模が大きい、売り上げが大きい、利益が大きい、世界中の人が知っている。
確かにすごいことです。
でも、それを支えているのは部品メーカーです。
部品メーカーを支えているのは材料メーカーです。
そして、それらを支えるのはあまた多数の中小メーカーです。
それゆえ、車メーカーは裾野が広く影響力が大きいと言われているのですが、彼らがやっているのは納入メーカーから部材を集めて組み立てて利益を乗せて消費者に売ってるだけじゃありませんか。
プラモデルならば子供でも作れますし、一番最後のいいとこどりをしているので売り上げも利益も名声も大きくなるのは当たり前です。
彼らの改善活動はすごいという人がいるかもしれませんが、組み立てラインの改善は簡単ですから改善しない方がおかしい。
それよりも車メーカーの納入メーカーに対するコスト協力要求が尋常ではないので、車関連の部材を作っている会社のほうがもっと改善活動しています。
露骨なことを言えば、毎年同じ時期に車メーカーから「改善提案してください」とおせっかいなことを言ってきて、出さないわけにはいかないので出して、その内容でシェアが決まっていくのです。
当然、改善=コストダウンですから、その分値引けということです。
えげつない方法だと思いませんか。
ピラミッドの一番上に君臨しているから給料も一番だと思っているし。
私はそんな車メーカーは会社として大嫌いだったんですが、車メーカーはダントツにすごいんだなんていう人が私の周りで増えてるもので、ちょっと違うんじゃないのと言ってあげました。
反論してくるものもおりましたがそれはそれで当たり前でしょう。
私の見方はかなり極論ですから。
しかし、誕生以来ずっと右肩上がりの成長を遂げてきた車産業も消費者から価値の見直しをされています。
内燃から電池へというのも大きな出来事ですが、シェアリングとか自動運転といった変化にどう対応できるのでしょうか。
この荒波を潜り抜けたら本当にすごい会社だと見直すことにいたします。
至誠

昨日はあるパーティーに参加していろいろな方とお話しをしました。
招待制ですので一流会社のお偉方ばかりでした。
その中から初対面のお二方があまりに好対照だったので正直に印象を述べます。
両名とも私とはビジネス上の接点は無い方です。
一方の方は終始和やかにお話しいただき、会話が途切れても自ら話を切り出してくれる方でした。
もう一方は名刺を見るや関係ないと思ったのか顔の裏にある面倒くさそうな表情が見て取れます。
お二方とも超大企業の方で役職も偶然にも常務さんです。
会話の節々から両者とも大変機転が効いて賢い方だなと思いました。
うがった見方ですが前者は人望で後者は野心でここまで出世したんでしょうか。
偶然にも私はお二方の会社の会長さんを存じ上げておりますが特に後者には嫌味になると思い黙っていました。
今お取引があるところをお客様と捉えるのはビジネスマンの性ですが、口では部下に対して今はそんな時代ではないのでしっかりアンテナを張っておけと言っているのも知っています。
我々はもういい年なのでとことん無理をする必要もないのかもしれません。
本当に合わない人とまで無理に合わせなくても良いと思いますが、できるだけその努力はしておいた方がよいでしょう。
私も外からどのように見られているのかがちょっと気になりましたし印象と言うのは引きづるもので怖いものと気づいた日でした。
至誠

私の部屋はいつもオープンなのでアポなしで適当にやってくる人がいます。私に近い人か無頓着な人です。本当に正直な気持ちですが、いつでも遠慮無くどんどん来て欲しいと思っています。事あるごとにそうも伝えていますが、とは言えやっぱり入りづらいのは分かっています。入りづらいというよりも必要な時以外は行きたくないという気持ちでしょうか。そう思わせるのは私の人間力のなさと反省する限りです。さて話を元に戻すと、私は外出が多いので、秘書は私の在室中の内部の人間とのアポを30 分単位で設定します。ところがたまに10分とか20 分のアポが入る時があります。悪い報告がある時です。日頃は30 分では全部相談できないと文句をいう人たちが、そんなときは「忙しいでしょうから短時間で十分です」と秘書に伝えるそうです。私も若い頃はそうだったかなあと考えてみましたが、別に格好つけているわけではなく、私は悪い報告の時ほど長めの時間をお願いしました。愚痴になってしまいますが、もうちょっと賢い生き方を研究した方がいいと忠言したく思います。至誠

我が社の人事評価制度はMBOを導入して行っていますがやってる皆さんからの評判が悪いです。
我が社に限ったことではない現象かもしれませんが、成果なのか成果達成のためのプロセスなのかは置いといて目標の設定に個人差があるし評価の仕方にもばらつきがあり全く持って不公平ということが理由でしょう。
この制度をどう改善あるいは変更すれば良いかは難しい課題なのでもう少し悩ませていただくこととして、なぜこんな制度になったのかを考えてみました。
恐らくほぼ全ての企業がバブル崩壊後の低迷期に導入したと思います。
この時期は個人を鼓舞して生産性を高めてもらったり、びっくりするくらいの功績を期待するしかなかったのかもしれません。
その前の高度経済成長期は作れば売れる時代でしたので労働者確保のため安定雇用を目指して年功的な人事システムが主論だったと思います。
それ以前、戦後直後は生産活動を活性化させ発展させなければならなかったので今のように業績に紐付く評価制度は個人よりもグループ単位を対象にしていたと思います。
それより以前は身分制、ホワイトカラーとブルーカラーで極端な区分けが特徴だったと思います。
戦前は別として人事制度は経済や社会環境と密接に結びついているのです。
今はイノベーションとかインクルージョンとか色々言われていますが一体どんな制度がしっくりくるんでしょうか。
至誠

今日は河川敷を自転車で相当の距離漕ぎました。
サイクリングではなくトレーニングです。
尻は痛いは太腿は痛くなるは坂道では息は上がるはで何度途中でやめようと思ったことか。
息子と一緒に漕いでいたのでやめるにやめられず最後まで頑張りました。
人はどうして無理をするんでしょうか。
痛ければやめればいいし、疲れるようなことはしなければいいし、嫌なことからは距離をおけばいいのに。
精神論は色々でしょうが、脳科学的には無理をしてでもやった先に報酬や見返りが期待できるからです。
ですから、やっても何もないとわかれば人は決して無理はしません。
ならばボランティア活動はどうなんだと問われるかもしれませんが、誰かに認めてもらいたいと思ってやる人もいるでしょうし、必ず自分の成長にプラスになると信じてやる人もいるでしょうし、純粋に人が喜んでくれるのが自分の喜びだと活動する人もいるでしょう。
いずれにしてもボランティア活動させるモチベーションが存在するのです。
今日の私のケースは、親父はまだまだ若いな、流石だと思わせること、これが私にとっての大きな報酬だったのです。
運動や勉強を後押しするのがドーパミンと言われていますが、ドーパミンは動いている時ほど分泌され、さらには困難を乗り越えたときにさらに分泌されるとのことです。
ということは、ドーパミンを活用して努力とそのご褒美を獲得することを続けていけば習慣化されるかもしれませんし、少なくともドーパミン効果で努力することの障壁はそれほど厳しくなくなるでしょうから、いつもぐうたらしている人と差がつく一方ということになります。
人ってうまくできてますね。
至誠

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