経営者余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

2019年08月

呑兵衛の皆さんならばせんべろは聞いたことがあるでしょう。
私も雰囲気が好きでたまに参ります。
せんべろができる店って結構いいまちの駅近にあります。
しかもちゃんと店を選べば料理が本当にうまい。
上野にしても赤羽にしても新宿にしても、どうしてあんな便利なところであれだけリーゾナブルに提供できるんでしょうか。
逆に、どうして優良せんべろの店が成り立つのに不良三千べろや五千べろが存在するのでしょうか。
自由経済ですから出店する資格さえ整えばNGを出すことはできませんが、飲食業界はちょっと当たり外れが大きすぎるような気がします。
だから食べログのような口コミサイトが流行るのかもしれません。
消費者の選択肢を増やしていると前向きに捉えることができますが、詐欺とは言いませんが提供する価値に不平等があって良いのでしょうか。
これは、昨日行った店が本当に安くて美味しくてびっくりしたのと、飲食業界にはズブの素人の友人が高級蕎麦屋でも出そうと思ってるという話がオーバーラップして、これで本当にいいのかなと疑問を感じたからです。
消費者の嗜好にも多様性がありますから、2980円で美味しい料理に飲み放題が良いと思う人がいれば、そば一杯に2000円払ってでも、蕎麦会席に10000円払ってでもそれでいいという人がいるのは分かります。
価格は需要と供給で決まるものですからせんべろ店があれば3万円の料亭があるのも分かります。
でも本当にそこまで価格差がいるんでしょうか。
売上は原価と利益で構成されますから、原価にそれだけの差が生じるのであれば仕方ありませんが、私たち消費者は色々な角度から考察することが必要ではないでしょうか。
至誠

会社という組織は時によって正義を悪とみなし、悪を無理やり正義にしてしまう特性があります。
正義というのは言い過ぎで常識と置き換え、悪というのも言い過ぎで非常識と置き換えたほうがいいかもしれません。
自己防衛するために、あるいは自己を正当化するために、赤信号みんなで渡れば怖くない的な集団行動が起きます。
そのような意思決定がなされる場面ではよく教祖様が現れます。
おかしいなあと薄々感じていても発言できない雰囲気がありますし、熱狂的な教祖ファンの異常行動に圧倒されてしまうのです。
今、有名な大企業でもコンプライアンス違反になる事例が次々に明るみになっていますが、オーナー企業の行き過ぎたオーナー社長でなくとも、普通の企業や組織にも力を持たせ過ぎたらまずい人間がいます。
そのような人間も悪いですが、そんな人事をしてしまう組織にも問題があります。
我が社もそうです。
私の責任は重いと感じています。
至誠

この夏にずっと貯めていたTポイントでちょっとした高額商品を買い、エクスペディアのポイントで海外のホテルに泊まり、一休のポイントで食事をし、ニトリのポイントでリビングのカーテンを新調しました。
ポイントを金額に換算すると10万円は超えていたと思います。
一休であれば、色々なホテルや旅館に泊まり、食事で色々なレストランを利用し貯め込んだ分です。
ある店を予約するときにそのポイントを使うことを申請することで支払いがなくなりました。
「おたくの店で貯めたポイントじゃないのにすまないね」と後ろめたい気持ちになりました。
多分同じような思いをした方は少なくないでしょう。
ポイントで支払うような客が来たら店は儲からないんじゃないでしょうか。
実はそうでもないらしい。
ポイントはみなし貨幣と思えば理解できます。
店が客にポイントを提供するときはそのポイントをポイント管理会社から買取り、客からポイントでの支払いを受けたときはポイント管理会社に買い取ってもらいます。
ニトリが発行している自社だけのポイントはリピートを狙ったデータ調査と値引きの提供になるかもしれませんが、多くの会社が共有しているポイントは私たちはお金と思って使用してなんら後ろめたい事はないのです。
私のようなデジタル音痴は相当に損をしているに違いありませんが、それらに敏感な諸君は大いに使えば徳を得られるようです。
今まで賞味期限間近な日配品であっても頑なに値引きを拒んで、ほぼ店側の負担で廃棄処分させていたコンビニでさえ値引きを採用するのは、正確にPOSデータを取りつつ実質値引きを提供できるポイントのおかげでしょう。
いつしかお給料までポイントで受け取るようになるかもしれませんね。
至誠

私は中学も高校も陸上部で長距離をやっていました。
流石に大学で勝負できるほどの実力ではなかったのでそれで終わりにしました。
当時は朝起きたら朝練、授業が終わったら速攻で着替えて本練習、それが終わったら居残り練習です。
とにかく練習した人が勝つ、地道に努力した人が勝つと信じ込んで取り組んでいました。
だけれども結果はついてきません。
努力が足りないからだと自分を戒めさらに練習を重ねました。
当時のスポーツって全部そんな感じだったと思います。
練習後にコーチや監督の説教を直立不動で聞くわけですが脱水症や熱中症で倒れるものもいました。
そりゃそうです、練習中に水なんてご法度でしたから。
それに比較すれば現在は科学的な練習法で効率よく力をつけるようになりました。
一概には言えないかもしれませんが練習量と実力が正比例ということでもなくなったと感じます。
産業人材は就社後や就職後も自己や他者との競争がありますから自己研鑽を行う必要があります。
その時思うのは、自分が成長するためならば周囲よりも自分の時間を犠牲にしてもいた仕方ないのかということです。
成長と学習時間はトレードオフの関係にあると疑念なく信じ込んでしまいがちですが本当はどうでしょうか。
現在は練習量が少なくても科学的に効率的な練習によって立派な成績を残すアスリートがいます。
社会人の学びも同様ではないでしょうか。
元来勉強が嫌いな私ゆえこんな事を相当真剣に考えています。
至誠

kawaii と言っても外国人にもうけている日本のサブカルチャーを指しているのではなく、若いころから一緒に仕事をしてきた後輩たちのことをローマ字で表現してみました。
今は私が個室に入り、以前の戦友たちは大部屋でワイガヤやっています。
オフィスをまわってみると、社員たちはみんなでああでもないこうでもないとやっており、無性に参加したくなります。
ただ、あまりでしゃばると皆遠慮して忖度モードに入ってしまうのでじっとこらえて見つめています。
たまに以前仕事した後輩たちと飲みに行くと、喜怒哀楽度が激しく、毎日刻々と変化する環境下でのアクティビティを存分に楽しんでいるんだなと感じます。
こんなことを言ったら、あなたのほうが恵まれてるでしょと怒られるかもしれませんが、正直言えば羨ましく思います。
私は経営と言う視点で、経営資源の利活用や経営の健全なる成長に冷静に取り組んでいるのですが、やればやるほど孤独感を味わっています。
徹底的に私に交戦してくる輩が少数おりますがそれはそれとして、多くの社員は私の発言に聞き耳を立てます。
間違ったことは言っていない自信はありますが、それでも誰もが賛同する環境は不可思議で面従不服を怪しむものです。
渋沢栄一は論語と算盤と言いましたが、私は算盤の方は結構センスがあると思っていますが、論語の方はダメです。
言い換えれば、人を引き付ける術を心得ていません。
ただ経営者として業績を上げるだけでよいのかを自問自答しているところです。
至誠

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