経営者余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

2019年05月

次元とは簡単に言えば空間の広がりのことで、ゼロ次元とは点、一次元とは直線、では二次元とはなんでしょう。
突然聞かれても戸惑いますが、点、線ときたら面です。
XとYからなる二次元にZ軸も加えて縦横奥行きからなる空間、いわゆる立体が三次元です。
次元をdimensionと言いますが、3Dとは三次元の世界です。
今私たちが生きている現実の空間を三次元と言ったりもします。
四次元とは三次元に時間軸の一次元が加わったもの、ドラえもんの世界です。
ウンチクはこの辺りにして、では、二次元文化ってご存知でしたか。
私は最近若い人から教えてもらったんですが、アニメ、マンガ、ゲーム等の総称を言うようです。
特に日本が海外に発信していると言われており、外国人が秋葉原を楽しんでいるのは二次元文化を満喫しているのです。
2.5次元文化というのもあるらしく、二次元で描かれたものをリアル化した状態、ミュージカルやコスプレ等がこれにあたるようです。
虚構と現実の曖昧な状態、ファンタジーが少し現実に近ずいたあたりでしょうか。
二次元文化を楽しんでいる人を二次元ユーザーと言っているようですが、これまた時代によって異なるようで、80年代生まれ、90年代生まれ、00年代生まれで大きなギャップがあると聞きました。
おじさんには目からウロコの話でとても勉強になりましたし、おじさんの時代は全てオタク文化で片付けていましたが文化として深みを増してきたということでしょう。
人間誰しもタイムマシンで時空間旅行したいと思いますが現在の科学技術では不可能ですから、四次元文化ではない未知の世界、二次元の虚構の世界を実体験化することを楽しんでいるということです。
ちょっと入り込めないオタクの世界なんて思っておりましたことを完全に改心し、極めて進歩的な行動様式であると理解しました。
秋葉原にて。
至誠


私は人事制度改革で間違いを犯しました。
所属する全社員の最終評価を各事業部長だけに任せてしまったのです。
もう少し説明を付け加えると、事業部長に多かろうが少なかろうが全員と面談し自身で評価するようにしたのです。
事業部長の評価が正しいのかは全社員対象の360度評価をもって人事部が公平な立場で確認することにしていました。
ところが360度評価の実施については役員会で通らず、事業部長の独断だけを許してしまったのです。
その結果、人間ですから合う合わないが起き、様々な問題が顕在化してきました。
だからといってすぐさま事業部長に対する見方を変えたり、制度を変更するわけにもいかない状況に陥っています。
全て想定通り物事を通せると信じ込んだ油断が招いた結果です。
好事門を出でず悪事千里を行くと言いますが、一人が数多の良し悪しを完璧に見通すのは不可能であり、もっと言えば、悪いところばかり見えて良いところは一向に気付かないものです。
それに好き嫌いが加わるのですから上手くいくはずがありません。
こんなつまらない状況にした社内政治家達には空いた口がふさがりませんが、これも含めて全て私の責任、社員に本当に申し訳なく思います。
来年からはちゃんとした制度に戻さねば。
至誠

日本がトランプに行ったこと、接待です。
日本は公務員や政府関係者は接待を受けてはならないということになっていたはずですが接待するのはいいんですかね。
影響力のある人はこうやって特別待遇されるのです。
もちろんそこまで上り詰めた人は人知れぬ努力をし、才能と強運と見識を兼ね備えた方だと思います。
ですから接待を受けるほとんどの人は李下に冠を正さずを地で行く方でしょう。
日本がトランプに行ったことに盾突くつもりはありませんし世の中で行われている接待を否定するつもりがないことを予め申し上げたうえでの仮説ですが、ディールに接待は必要なのでしょうか。
実力者は永遠に実力者ではいられません。
ビジネス上の付き合いから刎頸の交わりくらいまでの関係になるのであれば、きっかけが接待であっても素晴らしいことです。
この場合は個人対個人の関係になりますから、組織ぐるみの接待はほどほどがよろしいのではないでしょうか。
友人ということで言えば、今はあまり聞きませんが竹馬の友こそ見直されるべきです。
昔ながらの友達を大切にし思いやる気持ちを多くの人が持ち続ければ、社会的には少子高齢化云々の時代であっても、経済的にはメガコンペティションの中で勝ち抜くシナリオが複雑化する中にあっても、決して諦めない強固なコミュニティが生まれると思います。
申し上げたいのは、組織的営業接待はほどほどに、むしろひとりひとりの関係を築いていこうということです。
至誠

あなたは身の回りを綺麗にするほうですか、気にしないほうですか。
私は几帳面な性格で机の上やロッカーは綺麗に整頓されていないと気が済まないタイプです。
従って、用がないと思った資料は読んだ先からどんどん捨てます。
よく机上に書類が山積みになってもどの辺りになんの書類があるかを覚えてる人がいます。
すごいと感心する人がいますが私は全く思いません。
整理整頓ができていない人は日常の仕事にも抜けがあります。
清掃をし清潔を保ってこそ仕事ができる人であり、そのように躾けることが大切です。
うちの家内は何でもかんでも身近に置きたがる為、家中が物で溢れています。
はじめのうちはいい加減に片付けろと口すっぱく言っていましたが、喧嘩になるし改善しないし今は黙っています。
すると、まさに割れ窓理論が如く、食卓テーブルの上には新聞や雑誌やなんやらが置いてあるし、玄関はシューズロッカーに入れればいいのに靴が脱ぎ捨てられているし、乾いた洗濯物も普通に2~3日放置されたままになっているし、お恥ずかしながら締まりのない住空間になっています。
観光地に行って綺麗な街とゴミが落ちている街ではどちらが気持ちいいでしょうか、車内が綺麗なタクシーと車内が汚いタクシーではどちらを信用して乗りますか、他人には色々求めるのに我にかえるとズボラでいい加減になるのは決して良いことではないと思います。
小さなことからコツコツとやること、たとえそれが性に合わなくとも習慣づけることが大切です。
至誠

うちの会社に3月末をもって依願退職し、他の会社の社長になったものがおります。
ヘッドハンティングというやつでして、競合といえば競合への転職です。
彼は自分の仕事を綺麗にやりきって周囲にも誠意を示して格好良くやめていきました。
直属の上司やその周辺はあいつだけは許さないと言っています。
彼が辞める原因を作ったのは彼の配置転換を画策した直属の上司一派であって、私からすればお門違い甚だしいと思っています。
そんな彼から共同事業の提案があったと聞きました。
全社の経営に影響を及ぼす事柄でなければ個々の事業経営の意思決定は現場に任せていますので本件は報告事項としてあがってきました。
旧直属の上司一派はふざけるなと言わんばかりに一蹴したとのことです。
馬鹿です。
我が社の特徴をよく知り、未だ我が社のことを思ってくれている人と仕事ができれば、競争力のあるもの、他社以上のものを開発し顧客に提供できるのに。
去る者は日々疎しという言葉通り、どれだけ人気があってもいなくなるとだんだん忘れていってしまうものですが、今の時代を考えれば去った人でも組める人や組織とは共同戦線を張っておくべきです。
一時の感情に流されるようなリーダーは不能であり淘汰されていくでしょう。
策士策に溺れ、才子才に倒れてしまっては元もこうもありませんが、先んずれば人を制する時代にその戦略も考えられない人はどうしたもんだかと頭を抱えてしまいます。
今日はぼやき節ですみませんでした。
至誠

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