社長の余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

私たちは何を一番大切に生きるべきか。

みんなで幸せになるために意見交換しましょう。
日々の疲れを癒したり、愚痴を言ったり、夢を語ったり。

http://fanblogs.jp/reiwa2019/

春に三日の晴れなしとは言いますが、どうしたことか東京を離れてここ数日、こちらは霧雨と曇天が続いています。
まあ晴れるに越したことはありませんが、自然が決めることですから何であろうが趣を楽しめば良いのです。
昨日はそこらへんをドライブしましたが、GWは田植えの時期のはずがあまり作業が進んでいません。
人手不足もあるのでしょうが今年はまだちょっと寒いのでしょうか。
おわかりの通り私は現在カントリーサイドにおります。
幼馴染やこちらの皆さんと積極的に接していますが少し感じていることがあります。
普通にはなんら変わらない人たちですがちょっと大きな話になると人ごとのようになるのです。
田舎の限界や不利益を訴える発言が非常に多く聞こえます。
確かに現在は何もかも都会に集中傾向にあり、都会人は富の分配をしすぎだと訴えるかもしれませんが、田舎の魅力や可能性への投資が減っているように思います。
都市と田舎の役割と言い切れば住民を区別していることになりますから、できるだけ平等な機会を皆に提供しないといけません。
私も都会に憧れ都会でしか活躍の場がないと都会に出たわけで、そんな自分が言っても説得力がありませんが、こちらに居を置き日々努力している皆さんには、「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」を実践して欲しいと強く思っています。
至誠

令和一日を迎えました。
令和の願いの通り平和で穏やかでひとりひとりが花咲く時代であってほしいと思います。
令和の令の字ですが、命令の言いつけるや律令の法令といった意味しか浮かんでこなかったのですが、うるわしいという意味があったんですね。
うるわしいといえば麗ではないのかと思いましたがレイ同士で繋がってたんですね。
昨日は山道を半登山して山の斜面にたつ荘厳なお宮を参りました。
平安密教を感じる建造で山伏たちが修行していた光景が思い浮かびました。
昔の彼ら修験者は超自然的な力を身につけたと言われています。
魔法と言ってしまえば嘘っぽいですが、超能力といえばなんとなく信じてしまいます。
世の中は通り一辺倒な公式だけでは説明できないことがおきますから超自然なパワーを否定することは難しいかと思います。
一を聞いて十を知ると言いますがこの程度では賢人、超能力者は何も聞かなくても十がわかる人かなと勝手に定義しますが、私も修行してみようかな。
修験者になって令和が如くひとりひとりが幸せに暮らせるよう世の悪を成敗したいと思います。
至誠

外は雨が断続的に降っています。
天気予報によれば間も無く止むようですが、今日の予定は空任せ、まさに晴耕雨読なので特に焦ることもありません。
それよりもこんなに落ち着いて雨を眺めるのもいつ以来でしょうか。
そういえば昔は親から、ツバメが低く飛んだら雨とか、近くにそびえる霊峰が笠雲をかぶっていたら雨と教えられ、よく外れていた天気予報よりもずっと当てにしていたことを思い出しました。
そうだ、せっかくだから両親の墓を参ろう。
昭和時代は一生懸命に働き、我々子供達を貧しい中でもちゃんと学校に通わせ、平成時代は体の調子を崩して病院やリハビリセンターや自宅での療養ばかりで過ごした両親でした。
今更後悔もできませんが、どうしてもっと親孝行しなかったのか、静かに雨を見つめなながらそう思います。
至誠

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