経営者余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

私たちは何を一番大切に生きるべきか。

みんなで幸せになるために意見交換しましょう。
日々の疲れを癒したり、愚痴を言ったり、夢を語ったり。

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令和一日を迎えました。
令和の願いの通り平和で穏やかでひとりひとりが花咲く時代であってほしいと思います。
令和の令の字ですが、命令の言いつけるや律令の法令といった意味しか浮かんでこなかったのですが、うるわしいという意味があったんですね。
うるわしいといえば麗ではないのかと思いましたがレイ同士で繋がってたんですね。
昨日は山道を半登山して山の斜面にたつ荘厳なお宮を参りました。
平安密教を感じる建造で山伏たちが修行していた光景が思い浮かびました。
昔の彼ら修験者は超自然的な力を身につけたと言われています。
魔法と言ってしまえば嘘っぽいですが、超能力といえばなんとなく信じてしまいます。
世の中は通り一辺倒な公式だけでは説明できないことがおきますから超自然なパワーを否定することは難しいかと思います。
一を聞いて十を知ると言いますがこの程度では賢人、超能力者は何も聞かなくても十がわかる人かなと勝手に定義しますが、私も修行してみようかな。
修験者になって令和が如くひとりひとりが幸せに暮らせるよう世の悪を成敗したいと思います。
至誠

外は雨が断続的に降っています。
天気予報によれば間も無く止むようですが、今日の予定は空任せ、まさに晴耕雨読なので特に焦ることもありません。
それよりもこんなに落ち着いて雨を眺めるのもいつ以来でしょうか。
そういえば昔は親から、ツバメが低く飛んだら雨とか、近くにそびえる霊峰が笠雲をかぶっていたら雨と教えられ、よく外れていた天気予報よりもずっと当てにしていたことを思い出しました。
そうだ、せっかくだから両親の墓を参ろう。
昭和時代は一生懸命に働き、我々子供達を貧しい中でもちゃんと学校に通わせ、平成時代は体の調子を崩して病院やリハビリセンターや自宅での療養ばかりで過ごした両親でした。
今更後悔もできませんが、どうしてもっと親孝行しなかったのか、静かに雨を見つめなながらそう思います。
至誠

今、人里離れた田舎にいます。
昨晩は音がない世界で熟睡しました。
今朝は掛け時計の秒針の音で目覚めました。
何と素敵な環境でしょう。
私はこの様な場所で生まれ育ったのです。
ずっとこんな所に居たくないと思っていました。
中学や高校でも住んでいる所に変な劣等感を感じてました。
当時は子供だったんですね。
今はこんな素敵な場所が田舎で誇れるのに。
東京の大学に行ってたまに帰郷した時は高校のあった街ですら何もない田舎に見えました。
方言もちょっと恥ずかしく思いました。
一体何を比較してそう思ったのかな。
などと昔を回想しつつ、この静けさに心洗われています。
深い川は静かに流れると言うようにちょっと時間を気にしすぎて焦っていた自分を見直そうと思います。
言わぬは言うにまさるとでも言えば良いのか、なんでもかんでもあれこれ指示するのも良くないのかもしれません。
VUCAな時代だからこそ自分ではなく皆で知恵と工夫を発揮できる環境が必要です。
気付いているようで分かっていなかったのかな。
至誠

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