経営者余談

夢も現実も、希望も愚痴も、全てあります。

私たちは何を一番大切に生きるべきか。

みんなで幸せになるために意見交換しましょう。
日々の疲れを癒したり、愚痴を言ったり、夢を語ったり。

http://fanblogs.jp/reiwa2019/

ある幹部に海外との提携話をまとめるよう指示し昨日報告を受けました。
元々は私が先方の地域統括と話を進め社長とも方向性を確認していた案件でしたので安心していたのですが、損して得取れと言われても我が社にも守るべきものがある云々と意味不明なことをほざいてぶち壊したようです。
怒りを通り越して呆れるばかりです。
どこが損して得とれに当たるのか訳がわからないし、多分彼が知ってる唯一の諺なのかもしれません。
守るべきものがあるってそもそもお前を交渉相手に出してる時点でそんなこと考えてないって。
慌てて電話を入れましたが「なぜ君が来ないんだ」と言葉はソフトでも失望感たっぷりに嫌味を感じました。
ビジネスなど見えないものを重ね合わせた積み木のようなもので壊れてしまえば元の木阿弥です。
こんなこともできないのかと彼には思うところたくさんありますが、冷静に考えれば彼でいけるだろうと指名した自分が一番の原因で油断大敵を絵に描いたような結果に最も反省すべきは自分なのです。
人を見て適材適所とあてがったつもりが長所は短所になるということもあります。
自分ごととして考えて見ても長所だと思っていたことが長所にならなかったり、逆に自分の弱い部分と思っていたところが受けてしまったり。
人生とは湯を沸かして水にするの繰り返しなのかもしれません。
至誠


我が社の幹部には頭脳系幹部と筋肉系幹部と調子者系幹部がいます。
それぞれ異なったマネジメントをしますからどの上司につくかで部下は大変でしょう。
良い大学を出ているからといって頭脳系幹部というわけではありません。
どれだけ不断の学習を重ねているかということです。
筋肉系幹部にはバリバリの体育会系と軍人系があります。
調子者系はそのままずばりで私の中では運の強さと勘の良さは評価しますが好きなタイプではありません。
扱いやすいのは筋肉系ですが一旦路線を変えてボタンを掛け違えるととんでもなく難しい存在になります。
右脳が発達しており理性よりも感情で動かすリーダータイプが多いからです。
頭脳系はちゃんと納得させないと動かないという面倒くささはありますがマネジメント能力は高いです。
調子者系についてはコメントしません。
さて、最近のマネジメントは上司が細かく教えて面倒を見るというよりも個の能力を引き出す方向にあります。
学生運動部の指導もそのように変化しているようですが、現在の我が社筋肉系幹部は昔ながらの先輩後輩、親分子分の関係を引きずる人たちですので時代にあいません。
そこで問題が発生しているのです。
我が社ではコミュニケーションを重要視しており日頃より上司も部下も対話を意識しているのですが部下が胸襟を開けないのです。
筋肉系上司は胸襟ではなく胸筋を開いて「なんでも言え」と言うもんですから部下は怖がって何もいえません。
ところが筋肉系上司は「俺は部下の相談に乗ってやってる」とプロセスだけで満足、いや実際にコミュニケーションが成立していない事に気づかないのです。
その様な折も折、人事部が人事制度特に評価制度改革に取り組んでおり、制度は良いものに改善したり作り変えたほうが良いに決まってますが、本部長クラスから課長クラスまでチームを束ねる評価者の意識改革がないと運用でミスするよと助言しております。
ちょっとだけ途中経過を紹介してもらったところ、新人事制度で掲げる理想は高いものの中身は低次元で、頑張った人を公平に評価すると言いつつ中途半端な成果主義に傾注していたり、そもそも一人一人が生産性を高めたり創造的な仕事をするにはどんな体制や仕組みが必要で個々はそれにどう向き合うべきなのかを整理しないと新しいものを作ったところで大きな期待はできません。
今日一つだけ伝えたのは、次の制度ではホワイトカラーに昔風親分は要らないということです。
至誠

読み書きだけでなく聴く話す力を測定するために民間試験を使うという試みが直前で頓挫しました。
世の中はこの件についてどう思っているでしょうか。
英語を使いこなせるにこしたことはないのは誰もが同意するでしょう。
今回はあまりに制度設計が良くありませんでした。
正直に申し上げれば私は地方と都市で不公平だという点にはあまり気付かず、幾つもの試験を公平な尺度で測れるのかなという点にばかり気がいっていました。
私は超が付くほど、ドが付くほど田舎の出身です。
地方と都市の差を身にしみて感じていたのに今回の試験の件ではその点に気が回らなかったことに何都会人ぶってんだよと自分に腹が立った次第です。
地方でもそれなりの市に住んでいればまだいいです。
そうでないところに住んだら勉強が得意な人でも勉強する環境にありません。
私は塾など行ったことがないのですが、もしも田舎の子が塾など行くとなれば時間もお金も親の負担は大変なものです。
そりゃ都会とか田舎とか関係なく勉強しないほうが悪いんじゃないのと言われるかもしれませんがそうかもしれません。
今や東大はお金持ちじゃなければ入れないと言われていますが、私が言いたいのは、東大じゃなくても都会で私立や予備校に通って早稲田や慶應に入る子よりも田舎の公立でそこそこ勉強して早稲田や慶応に入る子の方が潜在能力は高いはずだということです。
今回の民間試験の件では地方生徒に不利な条件を強いていますが、地方生徒特に山間部の生徒たちや家が貧しく手伝いをしながら一生懸命学校に通っている生徒には逆に加点をしてやるぐらいの政策を打ってほしいものです。
それじゃあ不公平じゃないかと都会の生徒、いや生徒の親は言うかもしれませんが都会に住んでるという優位性を認識して、それでも我慢できなければ田舎の学校に転校すれば良い。
結局私はせっかく育ててくれた田舎には戻らず都会で生活し都会に税金を払っているわけです。
一番お金がかかる子供時代は田舎が負担してくれたのに。
それはお前の問題だろと言われるかもしれません。
その通りです。
でも田舎が輝くような日本になれば違った価値観のもとで現在の混沌とした時代を乗り越えることができるんじゃないでしょうか。
至誠

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